大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1297号 判決 1948年11月04日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人辯護人作間耕逸同平尾東策上告趣意第一點について。

原判決は、判示第一の(い)の判示として被告人は、所論のごとく、判示七月一〇日判示学院新校舎開校式に列席して自ら経過報告をなし、以て校長の職務に從事しと判示し、證據として被告人の原審公判廷における判示学院新校舎開校式に経過報告をした旨の供述と、第一審第二回公判調書中の證人倉友長吉の供述として判示第一の(い)に照應する顛末の記載とを擧示しているに過ぎない。されば原判決の判示によっては右「経過報告」とは新校舎開校式に關する経過報告であるのか若しくは校舎新築に關する経過報告であるのか或はその他の経過報告であるのかその内容が明らかではない。また、記録に就いて右證人倉友長吉の供述内容を調査するも被告人は経過報告として建築に關することを語ったというに過ぎず、建築に關する如何なる内容の報告をしたものかを知ることができない。從って原判決の判示では被告人が果して校長の職務に從事したものであるか否かの理由を知ることができない。それ故本論旨は理由があって原判決は破棄を免れない。

同第二點について。

昭和二二年政令第六二号(教職員の除去、就職禁止等に関する政令)はその第七條において「教職を去らしめられた教職不適格者は、その退職当時の勤務先であった学校又は官公署その他の團体の執務の場所に出入してはならない。但し、正当の事由がある場合は、この限りでない。」と規定して教職不適格者の退職當時の勤務先への出入を禁止していること並びに同令中には第八條(刑罰三年以下の懲役若しくは禁錮又は一萬五千圓以下の罰金)その他においてこれが違反につき罰則を設けていないことは、いずれも所論のとおりである。しかし、その故を以て直ちに同令第七條は所論のごとき單なる注意的、訓示的の警戒規定に過ぎないものと解することはできない。なぜなら右政令公布の前年に當る昭和二一年六月一二日公布の勅令第三一一號聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に對する處罰等に關する勅令第四條第一項には「この勅令に違反した者及び占領目的に有害な行為をした者は、これを十年以下の懲役若しくは七萬五千圓以下の罰金又は拘留若しくは科料に處する」と規定し、同第三項に「前二項の規定は聯合国最高司令官の指令又はその指令を履行するために日本国政府の発する法令に特別の定ある場合には、これを適用しない」と規定して、この勅令に違反した者及び占領目的に有害な行為をした者に對しては、右第三項所定の法令に特別の定のない限り、一般的、原則的に同第一項所定の刑罰(すなわち最高懲役十年最低科料とする四種の法定刑)を以て處罰すべきことを定めて居る。又同第二條第三項によれば、右占領目的に有害な行為という中には連合国最高司令官の日本国政府に對する指令の趣旨に反する行為及びその指令を履行するために日本国政府の発する法令に違反する行為を含むことは明らかである。前記政令は連合国最高司令官の指令を履行するために日本国政府の発した法令に該當し、從って前記政令第七條に違反する旧勤務先への出入行為は、「占領目的に有害な行為」に該當する。そして、該政令中には出入行為につき處罰の特別の定はないから、該出入行為には右勅令第四條第三項の例外規定の適用はなく、原則規定である第一項又は第二項を適用して處罰すべきものと解するを相當とする。次に、所論の同勅令の罰則を以て常に同政令の罰則より重きものとする前提に基く主張は、單に片面的に本罰則の重き刑のみを比較した議論であって、反面において勅令の罰則は刑種も四種に亘り最高最低の間に極めて幅の広い裁量の餘地があり最低は科料にまで及んでいる點を看過するものであって妥當ではない。本論旨はその理由がない。

同第四點について。

原判決は、その判示第二事実として、被告人は、昭和二三年四月二八日正當の事由がないのに退職當時の勤務先たる右會話学院旧校舎事務室に出入し、もって連合国占領軍の占領目的に有害な行為をなした事実を認定している。しかるに、その擧示の證人加藤重雄の原審における供述によれば同證人は、右判示の日午前中判示学院事務室にあった金庫が破られたことがあり、これを聞いて直ぐ現場に駈付けたところその後から被告人が同所に来た事実並びに被告人は同日午後警官が来た際又同所に来た事実を認めることができる。かくのごとく盗難事件の発生したような異常の場合に利害關係を有する者が被害現場に立入るがごときことは特別の事由なき限り社會通念上當然許容さるべき事柄に屬する。然るに原判決は経験法則上何等是認さるべき明確な理由を示すことなく、漫然正常の事由なくして立入ったと認定判示したのは判決理由に不備又は齟齬の違法ありといわざるを得ない。この點においても本論旨はその理由があって原判決は破棄を免れない。

以上の理由により原判決の判示第一の(い)及び同第二事実の判示には違法が存するから原判決は全部破棄を免れない。それ故爾餘の論旨に對し判斷を省略し、なお、右の違法は事実の確定に影響を及ぼすべきものと認めるから刑訴第四四七條第四四八條の二に則り主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 齋藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例